2005年10月07日

親がしてくれた100のこと

ホリデー、遊びほうけていたけど、どーんと宿題も出ていた。
うち一つのQuestion。

『親がしてくれた100のこと』

生まれてから、親が私にしてくれた100のことを振り返っていった。
生まれてから、今まで。

振り返っていて思ったことがあった。
小さい時は、"give"してくれたこと、"train"してくれたことが主。
高校、大学ぐらいになると、"support"や"allow"がたくさんあった。

私は長女である。
彼らにとっても、子育ては私が初めてだった。
彼らだって自分の経験をもってまだそれを知らなかったのに、どんなに試行錯誤して一生懸命、私を愛し、育ててくれたのだろうと思った。

当然だが、生まれてから私にとって2人はすでに“親”だった。
“親なんだからやってくれて当然”
“親なのになんでそうなわけ?”
2人がしてくれる全ての事を、当たり前のことだと思い、それが彼らの義務だとすら考えていた。

毎日朝から夜遅くまで働き、家族を支えてくれる父親、家事と仕事を両手に抱える母親。
そんな2人に、私は何度心からの感謝を感じ、伝えたことがあるだろう?

当然、と捉えていた私は、食事時、いただきますは言っても、母に対し、作ってくれてありがとうと言ったことはない。
仕事が忙しくて、夕食を作れず、買ったものを食卓に出す彼女に文句を言った。“なんで料理しないわけ?”

中学、高校ぐらいの時期、何かで親と言い合い、“あんたの子どもになんて生まれなければよかった”ばりのことまで言い放った記憶がある。

ずいぶんな奴だ、自分。
それでも2人は、変わらずいつも私の親であってくれた。

今本当に心から2人に感謝の気持ちを思う。

世界中のお金を贈ったとしても、両親が自分にしてくれたことに対する対価にはとどかない。
そんなことを聞いたことがある。
そう思う。お金に換えられるものではない。

お父さんお母さん、ありがとう。
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2005年10月05日

グルメ:2 ≪カエル≫

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カンボジアでは、蛙も立派な食材のひとつ。
2年前、知らずに普通に食べ、後から“今の、蛙だよ”と言われてゲ!と思ったのを覚えている。‥鳥肉みたいで結構おいしかったけど。

と言っても、“蛙‥”という自分の中のイメージが大きすぎて、その後自ら食べることはなかった。

そんな蛙だが、友達のお姉ちゃんが買ってくれ、今日再び食べた。

とりあえず、足はこの子たちいっぱいジャンプしてるから筋肉ついてておいしそう、と足から食べたけど、胴体を食べるのに少し躊躇した。
私はホルモンが嫌いだ。完璧に食わず嫌いですけど。‥だって内臓よ?
“内臓どぁーってあったりしたらどうしよ。。”そんな考えが頭を巡ったが、恐る恐る胴体部分を食べてみた。
そしたら、丸焼きだろ、と思い込んでいたこの料理、胴部分は中を全部取り出して、ニラ(?)がか肉だか、何か練り物っぽいものが詰められていた。ソーセージみたいって言ったらわかりやすいかも。

まあマズくはない。

やっぱり今回もこの感想だった。笑



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2005年10月04日

カンボジア版カラオケカラオケ

友達がカラオケに行くというので一緒に行く。

小さな小屋(?)に、テレビ一台、DVDレコーダー一台。もちろん日本のような通信カラオケではない。その場でVCDのカラオケディスクを選び、再生して歌う。
防音も何もないので、歌声は村に響き渡る。笑
ちなみに、2曲500riel。(16曲で1$)

日本にいたときは、カラオケに行っては友達と数時間歌い続けていた私だけど、出国以来一度もやっていなかった。
店は英語の曲を持っていなかったので、全然歌えなかったけど、一曲だけクメール語だけど、英語バージョンを知っている曲があったので歌った。

‥やばい。。楽しい。。るんるん

けど、時間も結構遅くなっていたので、“まだ歌いたいー”という友達をなだめて帰る。
やー、一曲でかなり楽しかった。
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2005年10月02日

Pchum Ben Festival

Pchum Ben Festival
このフェスティバルがあるから、今私達はHolidayになっている。

Pchum Benは日本でいうお盆みたいな行事。
普段家を離れて暮らしている人たちも、みんな実家に帰り、正装してパゴダへお参りへ行き、家ではお供えものをして、祖先の霊が帰ってくるのを迎える。

親戚揃って、男達は酒を酌み交わし、どこの家庭でも女は伝統の料理(チマキみたいなもの)を用意する。

友達がおばあちゃんの家に帰省するのに、一緒に行かせてもらった。
みんなが揃っておばあちゃんも嬉しそう。

日本も一緒だよなと思った。(ただ、親戚の人数はこっちのが圧倒的に多いけど。)
けれど、日本はだんだんこういう行事をきちっとする習慣が薄れてきているように思う。
(ウチ基準で考えるからか?笑)
それもなんだかなぁ、と、こっちから一人、日本を想った。

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2005年10月01日

デジカメ壊れる。

‥相棒が壊れた。

カメラモードが作動しないーー!!(TT)
あーぁ。。。

カンボジアに来ては、前もカメラ、電子辞書が使用不可の状態になった。
カスタマーサービスとか全くない国なので、あきらめる。

こっちに来ていた友達が、今日日本へ帰国するので、一緒に連れ帰ってもらう。
強制送還。ファインピックスよ、5ヶ月間ありがとう。
(買ったのは1年半ぐらい前だと思うけど。)

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2005年09月29日

シアヌークビル!リゾート

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Holiday満喫で、今度はうってかわってカンボジア唯一のリゾート地、シアヌークビルへ遊びにやってきた。プノンペンからバスで4時間ちょい。

気温を言えば、カンボジアは常に夏だけど、“海”というロケーションが加わって、ようやく私の中でそれが“楽しい夏!!”という感覚になった。

夏=海、花火、旅行。。。そんな日本人的、夏のカテゴリーが自分の中にもしっかりある事を実感。

GDIのボランティア達も、こっちに一足先に来て滞在していた。そこに合流して海に滝にと遊びほうける。
やっぱこういうところは大人数だと楽しい晴れ

滝に行ったとき、かなり高い岩からみんなで飛び込み大会して遊んだのは、かなり楽しかった。
人生、どっかからジャンプした中で、今回のが一番落差あったと思う。10m近くあったんじゃないか。。? (わかんないけど。) 下を見てはびびり、飛ぶまでにかなり時間かかった。きっと私、バンジージャンプとかも“3・2・1‥”から“バンジー!”まですんごい時間かかる人だろーなー‥。

シアヌーク滞在で、自分でも黒いなぁ、と思うぐらいに日焼けした。
‥肩ヒリヒリする。。

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2005年09月26日

ポーサットプロビンス滞在

3泊、ポーサットというプロビンスに滞在した。
少しゆっくり農村に滞在してみて、いくつか思ったことがあった。

・やることが農作業しかない。
 (女の子は勉強しないで家事だけやっていれば良い、という考えが生まれるのが分かった気がする。)
・近所と仲が良くてコミュニティーが強い、とも言えるけど、それは暇さの表れでもある。
・トイレ無しの家庭が結構ある。
 (→ちなみに、その場合は草むらで様を足します。)
・井戸の無い家庭もまだまだある。
 (友達の家は川が目の前にあったから、そこからバケツで水運びしてた。)
・家族が一緒に過ごす時間がたっぷりある。
・どこもかしこも農家。その労働力を国内発展に繋がる事業にシフトしていかない限り、国はいつまでたっても発展しない。

ものが沢山あって、やることが沢山ある生き方を知ってしまっている私は、とてもここでは生きていけないと思った。入り込んでしまえば、それなりの楽しみ方を探すことはできるだろうけれど、ここはあまりに狭すぎる。

カンボジアの農村の生活を見ると、日本の祖父母世代の生き方もこんなんだったのかなぁと考える。家族揃ってご飯を食べ、川で洗濯や水浴びをし、みんなで畑で働く。電気がないから太陽にあわせた生活リズムになる。

どうして日本は戦後60年でここまで発展することができたのだろう。大学で日本経済論とか受講したけど、全く頭に残っていない。帰ったら本当に勉強したいと思う。

そして、この国はいつ発展するのだろう。

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2005年09月24日

カンボジアの車窓から

2週間のHolidayがやってきた。
友達が実家に帰るのに、私も同行。

カンボジアの列車に初めて乗る。国内唯一の路線。

窓は下ろせばある様だけど、ほぼ全開。無いに等しい。
そして、乗降車用のドアなんてない。
なかなかボロい。
ガコッと動き出したかと思えば、そのスピードは超遅い。
時速15キロ20キロってところじゃないかと思う。

駅に着くと、売り子達が車内に乗り込んできて食べ物を売ったりする。
私もピーナッツを買ったり、昼ごはんを買って食べた。

のんびりしたカンボジア列車。
スピードは本当に遅いけれど、ライスフィールドの景色、ローカルなカンボジア人に触れることができるという点はいい。
ゴトゴト揺れる列車で、友達と話したりゲームしたり、昼寝をしたりしてちょっとした旅気分。
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2005年09月23日

みんなで劇を作ることになった。
最近学んだことを、劇で表すという、ちょっとお楽しみ交じりの勉強。

まだクラスに馴染みきれていない私にとって、このタイミングでこんなアクティビティーがやってくるとは、いいチャンス。

登場人物、話をざっと決め、ひたすら練習。
“こう言った方がこの場面は伝わりやすいんじゃないか”
“この人はどんな気持ちなんだろう?”

発表まで、みんなでああでもないこうでもない、と一日中練習。

劇のデキはまあおいて置いて(笑)、今日一日で少しまたみんなに近くなれた。
一緒に何かを作るというのは、人間関係を築くのにすごく大きなことだと改めて思う。

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2005年09月22日

Mental Block

子どもは、怖いもの知らずに興味が沸いたものには何でもチャレンジする。Full of confidence。
それが大きくなるにつれ、いつからかまわりを気にするようになり、チャレンジすることに臆病になる。

私達は、育ってくる過程で、色々な情報を頭にインプットしてくる。
そのうち、マイナスの情報は、月日が経つにつれて私達の中に蓄積されていき、それが自分達にとっての真実になっていく。それは結果として、私達の行動の幅を大きく狭める。

“これはいけない”“自分にあれはできない”

小さいものから大きいものまで、どこの国に生まれた誰しもが持っているMental Block。

“貧しい我が家に生まれたあんたは、いくら勉強したって頭悪いんだから成績なんて伸びやしない。”
そんなことを言われ続けて育った子は、本当にそれを信じ、実は自分に勉強できる力があることなんて信じない。
“失敗なんていけない。パーフェクトでなければならない。”
そんなことを頭にストックしてきた人は、ミスを犯すことを極度に恐れるようになり、冒険できない。

Mental Blockを外すことは、そう簡単ではない。
20数年で自分に染み付いたMental Blockは、なかなか手ごわい。
しかし、それを外したいか、外す努力をする事を拒み、そのままでいいやと思うかは自分次第。
そして、それができるのも、自分だけ。
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