2005年05月30日

再会☆

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NGOスタッフとしてカンボジアで働いていた友達が、この度日本に帰国するというので、フライト当日、L-CDIへ来てくれた。
彼女は、カンボジアキャンプで一緒だったキャンパー。
年上なんだけど、実年齢より絶対に若い。笑
私の二回目のL-CDI訪問の時に、キャンプリーダーとして彼女もL-CDIへ来ていた。
それ以来の再会だった。

2年前、同じキャンパーとして一緒に生活していた二人が、1年前にここで最後に会い、またその1年後、それぞれ自分の道を進みながらもまたここで再会したことが、なんだか不思議で変な感じ。

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2005年05月28日

ソリアマーケット

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カンボジアで初めてエスカレーターを導入したショッピングビル。
できて3年ぐらいなのかなぁ?
オープンしてしばらくは、謎の動く階段(エスカレーター)に慣れないカンボジア人のため、エスカレーター乗り降り補助係りなるスタッフまで配置されていた様。
そういや、ウルルンとかでも取り上げられてたな。
写真は、そのエスカレーターです。看板にはエスカレーターの乗り方が書いてあります。(たぶん。クメール語読めないけど。笑)

ソリア内をふらふらしてたら、コーヒーショップで見覚えのある人を発見。
春にクメール語講座を受けてた時、一緒だった人でした。
ん‥?と思いつつガン見してしまいました。(@ @;)
まさかこっちで会うとは。世間(世界?)は狭い!?
ちなみに、彼はカンボジアにおける、日本の団体の地雷撤去活動の調査に来たそうです。
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2005年05月26日

時間のつかいかた

こっちの生活が始まって思ったこと。
“ここでは時間をどう使うかの創造力が必要。”

日本での生活は、学校があってバイトがあって‥。休日も何かしらすることがあって、日々が過ぎていくスピードが、本当に速かったように思う。
だけど、ここでは誰かから課されてしなければならない事が、本当にない。
怠けようと思えば、どこまででも怠けられる。
必死に何か得ようと動くなら、それに対しての十分な時間がある。

どう時間を使うか。
生活の流れに乗って日々過ごすことに慣れていた自分を感じた。

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2005年05月24日

取材

23日は祝日だったため、L-CDIもお休み。
明けて今日は通常授業。

L-CDIの朝は早い。
5時起きです。(そのぶん夜寝るのも早いけど。)
掃除して、朝のお祈りがあって、朝食前に一コマ授業。朝食を食べて昼まで三コマ授業。
午後は、各クラス5種類ぐらいの授業(歌だったり、ゲームだったり。。)を、日々ローテーションで一コマ。その後、日替わりでテコンドーかダンス(HipHopとかではありません。笑 伝統的はクメールダンスが基本。)を一コマ。
これらのスケジュールが終わるのが4時。
6時に夕食。その後、夜のお祈りをして、9時就寝。

ここで生活していれば、日本で夜型生活を送っていた私の生活リズムも、すっかり朝方になることでしょう(-〜-)

さて。
今日、日本から大手A新聞社がL-CDIを取材にきてました。
アジアの英語教育をテーマに、東南アジア数カ国の現状を取り上げるそう。
6月中旬頃の連載だそうなので、家でA新聞をとってる方、ぜひチェックしてみてくださいな☆

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2005年05月22日

L-CDI

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L-CDI。
私がお世話になる団体です。

私がL-CDIを知ったのは、2003年の夏。CFFという日本のNPOが行う、カンボジアワークキャンプに参加したのが、L-CDIとの出会いだった。

70年代後半、カンボジアは急進的共産主義、ポル・ポト政権のもとにあった。国内は荒れ果て、90年代初頭、国連によってPKO(UNTAC)が展開されたことは、ご存知だと思う。(あんま覚えてなくても、きっと社会科とかで出できたと思うよ。)
国が復興し始めると、国外から沢山の援助の手が、ここカンボジアへ向けられた。

そうして2000年、そんな手のうちの一つとして、L-CDIは始まった。

L-CDIは、教育分野のNGOである。
家庭が貧しかったり、落第してしまったり等、なんらかの形で教育から遠のいてしまった青年に(特に女の子に←なぜなら、前にも少し書いたけど、カンボジアには、女の子は勉強しなくていい、家事だけやってればいい、という考えが存在するので)、安いお金で教育の機会を提供しよう、また、まだまだ途上国の範囲に属する、この国を変えていけるような、リーダーシップを持った人を生み出そう、と今日までその活動を続けてきている。

L-CDIのシステムをざっと説明すると、まず、プロビンス(地方)のセンターに入学?し、そこで約半年勉強する。その後、プノンペンのメインセンター(私はここに滞在中。)へ移ってもう半年。そして、今度は先生としてプロビンスへ戻り、教える事を通して勉強を続け、最後再びプノンペンで、ビジネスやアカウンティング等を学ぶ。
それぞれが約半年のタームなので、だいたい2年で卒業となる。
その後は就職してく子、ボランティアとしてL-CDIに残り、運営を支えていく子等々、それぞれの道へ進んでいく。

L-CDIは大筋として全寮制である。通いのコース(パートタイム)も別にあるけど、フルタイムの生徒数の方が断然多い。
生徒達はここで英語を学び、生活を共にする。もちろん生活中も使うのは英語。24時間英語づけの生活を送るので、数ヶ月で英語を話せるようになる(驚く事だけど、これほんと。)。

L-CDIは、カンボジアのほとんどのプロビンスにセンターをもっている。それ故、規模としてはカンボジアの中のNGOの中でもトップクラスである。

L-CDIの子達は、本当に明るい。
私は今、L-CDIの色々な側面を見ようと、あるときは授業に混ざってみたり、あるときはボランティア(先生クラス)の子達と話してみたり。。色々と動き回っている。
そんな中見る、ここの人達は、いつも笑って、楽しみながら学んでいる。

初めてここを訪れた時、そんな光景を見た私は、いい意味で驚き、この団体のことが好きになったのだ。




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2005年05月21日

お買い物

いよいよカンボジアでの生活が始まる。
というわけで、生活に必要なものたちを、近くのマーケットへ買いに行った。

私が生活するのは、団体のオフィス2階。(6回7回キャンパーの皆様、暮らさせて頂きます。笑)
ここで団体のボランティア達と共同生活をする。

買ったのもの
↓↓
洗濯用のたらい・モスキートネット(蚊帳)・ゴザ(ゴザの上に寝る)・水浴び(風呂)用の布(→これをスカートみたくしたものを胸上まで上げて水浴びする。小学校のプールの時に使った、ゴム入りスカート型のタオルを想像してもらえるといいかも。)・皿とスプーン

ざっとこんな感じ。
日本で新生活を始める時に揃えるものとは全然違うね(^^;)

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2005年05月19日

三たび戻ってきましたカンボジア!

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日本を出発後、マレーシア、タイとまわってきたが、ようやく今日カンボジアへ☆★

朝5時過ぎに宿を出て、バスでタイ国境手前のトラートへ。トラートから国境の街ハットレックまでは、ミニバスでひたすら一本道を行く。9人乗って出発したが、最後まで乗っていたのは、自分を含む観光客4人。国境に着いた頃には13時をまわっていた。

タイからカンボジアへの陸路入りには、2つのルートがある。
メインで多くの人が利用するのは、タイのアランヤプラテートからカンボジアのポイペトに入るルート。カオサンの旅行会社が行なうアンコールワットへのツアーもこのルートだ。
しかし、多くの人が利用とは言え(それ故?)このルートは、観光客ねらいのスリ、ぼったくり等、良くない噂が多い。
そのため、(あと、前回ポイペトからは入った事があったので←この時はカオサンからアンコールワットがあるシェムリアップまでのツアーバスを利用した。)今回は、タイ湾沿いのハットレックからカンボジアのコッコンへ入るもう一つのルートを選択した。

国境でカンボジアビザの申請。
ビザは20USドル。ビザには証明写真が必要なのだが、用意していなかったため写真代として5ドル要求される。けれどそこは友達が値切ってくれ、2ドルで済む。
“シー(内緒ね)"と、指にはでっかい石の指輪をはめたビザ課のおっちゃん。
国の公的機関でシーって。。。(--;)
随分ふところに入れてるんだろーなー、と思いつつ、笑っておく。

ここから首都プノンペンを目指す。
ミニバスで一緒だったカナダ人と、友達と、3人でタクシーをハイヤー。一人20ドル。
タイから国境をはさんでまっすぐ道は繋がっているというのに、カンボジアに入ったとたん道は土道へ。日々平らに慣らしてるようだが、雨ですぐボコボコになってしまい、道環境は非常〜に悪い。デコボコの穴を避けながら、土けむりをあげ、30km/Hぐらいでタクシーは進む。笑

そんなところからも、あ〜カンボジアに来たなぁと実感。

結局、舗装された道路に出たのは、出発から5時間後。
走れるようになったとたん車は100km/H。

そんなこんなでプノンペンに着いたのは21時。

や〜。長かった。
けど、カンボジアに戻ってきたぞ〜いぴかぴか(新しい)


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2005年05月18日

モンチッチ

タイ滞在3日目。明日ここを出てカンボジアへ行く。

タイの物価はやはり日本より安い。例えば、ペットボトルの水が10B=30円、チャーハン一皿30B=90円とか。
これからカンボジアで生活するというのに、かわいくて、しかも安いものが沢山溢れているため、買い物したくなってしょうがない。いかんいかんと自分に言い聞かせながらも、ちょこちょこと買ってしまった。

さて、私が滞在する団体にはある決まりがある。
それは、“女の子は長い髪NG"というものである。
カンボジアの女の子はとてもシャイである。農村の方に行けば行く程、それは強いようだが、女の子は一歩引いて男の子の後ろについて行く、という文化が古くから根付いている。
そして、女の子たるもの、長い髪であらなければならない、というのも風習的に存在する。
団体は、そういった古いしきたりにとらわれず、男も女も平等であるべきというスタンスをとっている。(もちろん、尊重すべき文化やカンボジアのしきたりは取り入れているが。)
そういった事から、団体にいる女の子はみんな髪が短い。

その事を私は前から知っていた。
行ったら私もショートにしなきゃなと分かっていたが、時間とお金がなくて日本では切ってこなかった。(ご存知の通り私の髪はロングでした。)

‥と、いうわけで、切りました、髪の毛。
カンボジアで切ったらきっとザク切りで変な髪形になる、と思った私は、カンボジアの美容院がどんなものか、興味もあったけど、9ヶ月間いればカンボジアで切る機会も一回ぐらいあるだろうとも考え、バンコクで切ることにした。

カオサンにも店はあったが、バックパッカー御用達の格安理髪店という印象で、う〜‥ん、という感じだったので、バンコクの若者が買い物しに集まる地域まで行き、適当によさげな美容室を見つけて入った。

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色々な髪型の雑誌切抜きを集めたファイルを渡されたのだが、中を見てみると、それは日本の雑誌を集めたものだった。私が日本人だから渡してくれたのかどうなのかは定かではないが、おかげで少し選びやすかった。

ちなみに、私は生まれてこの方ショートカットにしたことがない。
どっちかっていうと面長なので、短くするとそれが強調されそうだし、肩上ぐらいにしたことがあったけど、結べないと夏場非常に暑い事を知ったので、大概結べる長さで、今まで過ごしてきた。

今回が初ショートだ。
雑誌を見ておにいちゃんにオーダーしたのだが、のってきたのかどんどんハサミは進み、雑誌よか短くないか?って髪型に完成する。

感想→モンチッチ。

早く伸びてください、私の髪。。



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2005年05月16日

タイランド

昨夜、マレーシアを出発し、朝6時過ぎに国境を越えてタイへ入った。
タイに入ってからは再びバスに揺られて(約12時間!)北上する。目指すはバンコク。(ちなみにバス代は590バーツ=約1800円。エアコン付きなので、まぁ快適。)
途中変な映画がかけられるけど、タイ語吹き替えだし、内容もよくわからないので、あんま見なかった。笑 
寝たり音楽聴いたりで、何気に時間は過ぎていくけど、さすがに最後数時間はお尻が痛くなってきていた。ふと、ニュースで見た、新潟地震の時に車で生活していた人の画が頭をよぎった。

夜10時、バンコク到着。
世界中のバックパッカーが集まるカオサン通りに行き、宿をとる。なかなかキレイ。
去年の春、一人旅をした時もカオサンに泊まっていたが、ここは相変わらず賑やかな所だ。

長距離移動の疲れを癒すべく、タイマッサージの店へ行く。
お金を払ってマッサージなんて初めてだったけど、‥極楽だ。。

やー、長い一日だった。


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2005年05月15日

マラッカ最終日

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5日間B.Tのところにお世話になっていたが、今日の夜、カンボジア目指してここを出発することになった。

私が来るよりもずっと前からここに滞在していた友達と、B.Tの奥さん(って言ってもすごく若くてかわいい)と、自転車でマラッカの街に出た。

マレー系、チャイナ系、インド系。。マレーシアは多民族国家である。
お昼はインドカレーのお店に入った。バナナの葉の皿?にチキンか豆のカレー、数種類のおかずと、好みで他のおかずをチョイスする。なかなか美味しい☆
カンボジア人である奥さんが手で食べるのの見よう見真似で私も手で食べてみるものの、うまく掴めず、ボロボロとこぼす。難しいなぁ。。 
その後もサリー屋、靴屋、ショッピングセンター。。まさに女の子の買い物は止まらない、の状態であっという間に時間は過ぎた。

夜9時のバスでマラッカを出て、クアラルンプールへ行き、タイを通過してカンボジアへ入る。バスでの移動なので、一日二日では着かない。
長旅の始まりだ。
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2005年05月14日

Chance

人生には大なり小なり、沢山のチャンスがやってくる。
それを自分のチャンスだと気づかずに見過ごすこと、また、明らかに自分にとって辛い、苦しいチャンス(chance=機会)だと分かる故、それを避けること。
私たちは、そんな沢山のチャンスを選択したり、選択しなかったりしつつで日々生きている。

チャンスとは大抵一度きり。それを逃すと、次に掴もうとする時にはそれに応じた代償が発生するもの。

今日した沢山の話のうちのひとつを書いてみました。

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2005年05月12日

GREAT LIFE IS SO SWEET

カンボジアでお世話なるNGOは、あるマレーシア人が作った団体である。彼自身は今はカンボジアから引き上げており、(現在現地で指揮をしているのは、彼の息子。私も今回初めて会うのだが、なんと同い年。)現地のボランティア達を数名づつ、マレーシアのマラッカという街の自宅へ呼んでトレーニングをしている。

今回、私はカンボジアへ向かう前に、その創設者(通称BigTeacher)に会うべくマレーシアへやってきた。

これまで話には聞いて知っていたけど、実際会ったことはなく、私の中でB.Tは遠い存在だったし、何よりとてつもなく凄い人というイメージが一人走りしていたので、本人に会った時はやたら緊張した。

B.Tから団体が大切にしている考え方、ボランティアに求める事柄等の説明を受け、また、私がどんな人間なのか、今回の滞在の目的、色々感じていた疑問についても時間を割いて話をし、一つ一つの事に答えをもらった。

彼が大切にしているのは、Scienceに基づいた考え方である。
カンボジア人、マレーシア人、日本人。
たまたま生まれた国が違っただけで、何かを判断する際の基準が異なったりする。それには、その人が育った文化や環境が大きく影響するのだろうが、本当にそれでいいのか。自分が正しいと思っている事柄は、違う環境においても正しいとされるものなのか。
彼はそれに対してNOと言う。そこにおけるScientificな真実は、その3カ国の人は皆同じく一人の人間同士という事だけで、それ以上でもそれ以下でもない。

そんな考え方で生きている彼は、自分自身も、すぐ周りの家族とも幸せに生きながら、貧しい人達のためにも生きている。どこかが犠牲になっているのではなく、同時に沢山のものが手の中にある状態。
そんな素晴らしい人生があるんだよ、“GREAT LIFE IS SO SWEET" そう彼は言った。



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2005年05月10日

ドタバタ出発

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準備で夜もろくに寝ないまま出発の朝を迎えた。
寝られなかったのは準備のせいでもあったけど、私の頭はあるひとつの事について“どうしよう。。”でいっぱいだった。実は、その日は私が住む地域の可燃ゴミ回収の日だったのだが、間違って飛行機のチケットをゴミと一緒に出してしまったようなのだ。我ながらあり得ないと思った。アホすぎて家族にも言えないままひたすらネットでチケット紛失について調べていた。
なんとかなるという気持ちと、友達も見送りに来てくれる中結局飛べずに帰宅する自分を半々で想像しつつ、祈る気持ちで家を後にした。

今回私が使ったのは日本の航空会社と海外の航空会社の共同運行便だった。そして、不幸中の幸い?にも、その日本の航空会社にはチケット紛失の際、チケットの番号が証明されれば1万円で再発券可というシステムがあった。まさか無くすなどと思ってもみないので自分では何も控えていなかったのだが、チケットを購入した代理店が控えをコピーしてくれていた。おかげで私は再発券してもらう事ができ、予定通りの便に乗れた。

見送りに来てくれたみんなと別れ、搭乗した。別れ系に弱い私はちょっと泣いていたのだが、予定時刻になっても飛行機は動かない。なんでも機内整備だか整理だかで遅れてるという。とうとう出発だと高ぶっていた気持ちも次第に冷め、あまりの待機時間の長さにウトウトさえしだした。結局飛行機は1時間半も遅れた。

半分寝ぼけた状態で私は日本を飛び立ち、見送りのみんなも展望デッキから出発を見送ろうと待ってくれていたが、あまりに機体が見えてこないため断念して帰ったらしい。ドラマのような出発とはなかなかいかないものだ。

なにはともあれ、こうして私は日本を発った。

メールをくれた人、電話をくれた人。朝家まで来てくれた高校の友達、成田まで来てくれたサークルの仲間、そして家族。みんなありがとうぴかぴか(新しい)
行ってまいります。









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始まった9ヶ月

“大学を一年間休学してカンボジアのNGOへ行きたい”そう決めたのが今年の1月。それからの3ヶ月は、資金を貯めるためバイト、バイトの日々だった。(もちろん遊びたい時は我慢することなく遊んでいたけど。)そうしてようやく始まったこの9ヶ月。これからどんな日々がやってくるのだろう。
私もまだ知らない、きっとみんなも知らないカンボジアの生活、私が日々感じたこと。。そんなものを少しづつ紹介していけたらなと思う。

ちなみに、ブログのタイトル“チュガン・ナ”とは、クメール語(カンボジア語)で“とってもおいしい”を意味する言葉。デザート好きの私がカンボジアスィーツを食べては連発していた好きな言葉です。(カンボジア班のみんな、ごめん、使った。笑)
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